2016年2月25日木曜日

股旅探偵上州呪い村を読んでみた

 股旅探偵上州呪い村(幡大介)
 
 ・ジャンル:時代探偵小説
 ・長さ:単行本一冊
 
 
 まとめ
 
 一行短評:時代劇を舞台にミステリをメタ的にパロった作品。
 オススメ度:×
   
 
 amazon.co.jp:股旅探偵 上州呪い村
 
 
 出だし
 
 
「御蔵開けだぁ! 退いた退いたぁ!」
「荷車が通るぜ! お上の御用米だ! 通りを塞ぐんじゃねぇぞ!」
 紺の法被を着けた宿場の若衆たちが大声を張り上げた。ガラガラと車軸を鳴らしながら、米俵を山積みんびした荷車が走っていく。前の梶棒には車引が三人、後ろには車を押す車力が二人がかりで荷車を操っている。街道の旅人は慌てて道の脇に避けた。通りの真ん中を、土埃を上げて、何台も何台も、荷車が走っていった。
 
 
 ポイントの引用(ネタバレあり)
 
 ・「骸は埋めたんだな? きっと確かだべな?」
 ・「モウリョウ様だ! モウリョウになった久右衛門様の仕業に違ぇねぇ!」
 ・「エドガー・アラン・ポーが推理小説の祖だとする考え方ですね。でもあたしは、ヴィドックの回顧録こそが、推理小説の元だったのではないかと思っておりますわ」「ノンフィクションの犯罪録ブームから派生して、フィクションとしての探偵小説が生まれたと?」
 ・「まるで地球外の幾何学の法則に則って描かれているみてぇだべ」
 ・文様を目で負っているだけで、否応なしに狂気の深淵を覗きこむことを強いられかねないような、人類の文明の根源を根こそぎ揺るがしかねない原書の恐怖にも似た、おそらくは人間の脳裏に焼き付けられた太古の恐怖、原子記憶とでも形容すべき単細胞のアメーバ生物が感じていたかもしれない恐怖の記憶を呼び覚ましかねないような──だんだん何を言っているのかわからなくなってきたけれども、そういうおぞましい形容詞を延々となんページにもわたって書き連ねることによってのみ表すことの可能なような、不可能なような、人類の言語をもってしては名状しがたい、狂気に満ちた幾何学文様だったのだ。
 ・恐ろしい。おぞましい。こんな地底世界で人知れず祀られている神とは、いったいどんな邪神であろうか。イアイア。
 ・この広間まで達して、いよいよSAN値が、じゃなかった正気を保っていられなくなった気配がした。
 ・ペタリ、ペタリという、謎の音が増えていく。
 ・背後で鈴の音が高鳴っている。名状しがたいものたちが一斉に殺到しようとしているようだ。
 ・他に考えようもあるまい。地球外の幾何学とか出てきたし。ほら、アレだよ。あの路線」
 ・「いや、その、コズミック・ホラーだから」「コズミックと言っとけばなんでも許されると思っとるんだべか?」
  
 
 神話要素(ネタバレあり)
  
 ・ラヴクラフト文体のパロディ
 ・SAN値
 ・深きものどもっぽい描写
 ・コズミック・ホラー
 
    
 

2016年2月12日金曜日

クトゥルーの眷属(ロバート・シルヴァーバーグ)を読んでみた

 クトゥルーの眷属(ロバート・シルヴァーバーグ)
 
 ・ジャンル:怪奇
 ・長さ:掌編〜短編
 
 
 まとめ
 
 一行短評:クトゥルフ神話における「ランプの魔神」ナラトースさんのお使い&復讐物語。
 オススメ度:×
 
 
 掲載誌:クトゥルー10
 
 
 出だし
 
 小道のなかには暗すぎるものがあり、そうした小道を調べてはならない。ジャケット付きの本の中には紐解いてはならないものがある。ある種の眠り込む神がいて、眠りに酔って隠されているそうした神々の暗澹たる力は、光のもとでふたたび光視させてはならないのである。大胆さの大小はおぞましくも長々とつづく死にほかならない。
 
 
 ポイントの引用(ネタバレあり)
 
 ・マーティは十七歳の若者で、ミスカトニック大学附属図書館の整理係として働いていたのだ。
 ・たった十ドルぽっちで本を渡すのは莫迦げてる。マーティはそう思った。特別な書庫に収められているほど珍しい本なら、五十ドル、いや百ドルくらいの値打ちはあるだろう。
 ・分厚い本の表装は黒い革だったが、皺が寄って腐り始めていた。書名は金文字で『ネクロノミコン』と刻印されていた。マーティは眉をひそめ、重い表紙を持ち上げた。扉にはこう記されていた。アブドゥル・アルハザードの『ネクロノミコン』 十七世紀スペインで刊行されたオラウス・ウォルミウスのラテン語版からの翻訳
 ・ある種の名前がなんどもよくあらわれる。ヨグ=ソトース、クトゥルー、ナイアーラトテップだ。ヴォーリスさんはどうしてこんな本を手に入れたがったのだろう。
 ・そのとき、本のまんなかあたりにあるある次の文章に目がとまった。……最も軽きはナラトースの眠りにして、ナラトースを目覚めさせるは術に未熟なる者にも可能なり。(中略)ナラトースを支配する者は世界の富に近づけるも、ナラトースは旧支配者の力をわかちもち、その怒りすさまじければ、最新の注意をはらうべし。
 ・ナラトースの召喚法が記されてい六三八ページを開いた。
 ・ふたたび稲妻が走り、おぞましいものがつかのま姿を消した。ナラトースがもどってきたときには、部屋の中央にテーブルが用意されていた。黄金の皿の上には、マーティの想像を絶するものがあった。アイスバケットに入れられたシャンペン、肉汁たっぷりのステーキ、シャーベット、サラダなどがあった。(中略)「時間と空間の繊維からつくりだしたのだ、愚か者よ。クトゥルーと旧支配者の素晴らしい資源を飲食物に用いるとは、おもえの浅はかさは救いがたいが、それがおまえの望みなら、われは従うまでだ」
 ・「われは宇宙の戸口に潜むもののひとりだ」ナラトースが低く響く声で言った。「はるか永劫の太古、彼方の星から到来したクトゥルーとその仲間が、この世界をはじめとする星を支配し、われはクトゥルーの仲間だった。いまわれらは外世界の闇の中で眠り、クトゥルーが目覚めて、かつて支配した世界にわれらをふたたび連れ戻してくれるのを待っている」
 ・しかしマーティはナラトースのことを自由にしようとはしなかった。ナラトースに話をさせた。蛇の父なるイグのことや、『ネクロノミコン』がアザトースという名前のもとに隠しこんだ、歪んだ宇宙の彼方に存在するおぞましい核の混沌のことをしゃべらせた。
 
 
 神話要素(ネタバレあり)
  
 ・【舞台】ミスカトニック大学
 ・ネクロノミコン
 ・ナラトース
 ・ヨグ=ソトース
 ・【簡易紹介や言葉だけ】クトゥルー、ナイアーラトテップ、父なるイグ、アザトース、ルルイエ 
 
 

2016年2月10日水曜日

残虐行為記録保管所(チャールズ・ストロス)を読んでみた

 残虐行為記録保管所(チャールズ・ストロス)
 
 ・ジャンル:スリラー
 ・長さ:中編〜長編
 
 
 まとめ
 
 一行短評:クトゥルフネタもあるハードボイルドオカルトSFスリラーの逸品。
 オススメ度:
  
 
 単行本:残虐行為記録保管所
 
 
 出だし
 
 緑の夜空、ハッカーの楽しみだ。
 ぼくの会社の裏の植え込みに、クリップボード、ポケベルを持ち、景色が不気味なエメラルド色に染まって見えるまるっこい暗視ゴーグルをつけて身を潜めている。いまいましいそのゴーグルのせいでガスマスクフェチの鉄道マニアのように見えるし、締め付けられて頭痛がし始めている。空気がじっとりしていて霧雨も降っている。レインコートも手袋もおかまいなしに染み通ってくるたぐいの湿気だ。この茂みの中でももう三時間も、最後の仕事中毒が明かりを消して帰宅し、裏の窓から侵入できるようになるのを待っている。どうしてアンディに“イエス”といってしまったんだろう? 国家公認の泥棒は、実際には格好のいいものではない──とりわけ、時給が一・五倍になるだけとあっては。
 
 
 ポイントの引用(ネタバレあり)
 
 ・〈シャトー・クトゥルー〉──ぼくが〈ランドリー〉の同僚ピンキーとブレインズと暮らしているおたくハウス──の居間のTVコンソールは、自宅での創造的精神病の発症を減らそうとピンキーが頭を絞って設置した、つまるところブレインキャンディだ。
 ・ぼくは岩に腰掛け、自分がやってきたダニッチ村と訓練センターのほうを浜沿いに見やる。つかのま、世界はしっかりと安定していて信頼できるように感じる。十九世紀の心安らぐ神話が真実で、整然たる単一の宇宙の中で、なにもかもが時計じかけで動いているように。
 ・「まあね。気候もいいし」モーは窓の外のペリカンたちを顎で示す。「ミスカトニックよりはましよ」
 ・「(前略)ミスカトニック大学のウィルマーす民俗資料コレクションには興味深い資料がそろってて……」
 ・「ぼくが幾何曲線反復法を考えついて、思いがけなくナイアルラトホテップを召喚して、あやうくバーミンガムを全滅させそうになるまで、だれもぼくに気づきもしなかったんです。(後略)」
 ・「(前略)友好組織とは、たとえばタリバンと衝突するまでアフガニスタンにいたムハンマド・カダスだ」
 ・「だいじょうぶです。カラダウィーはどんなことを教えてるんですか?」「(前略)すなわち下級ショゴスの召喚だな」
 ・「EI?」「外部知性体の略さ。中世の魔術師連中が魔物とか神とか精霊と読んでいたやつらだよ。基本的には人間原理が支配し、ある種の知恵を持つ生物が進化したあの宇宙論的領域からやってくる、知覚力を備えた異生命体だよ。超人的に強靭なやつもいれば、ぼくたちからしたら切り株みたいに馬鹿なやつもいる。(後略)」
  
 
 神話要素(ネタバレあり)
  
 ・アルハザード、ラヴクラフト
 ・クトゥルー、ミスカトニック、カダス
 
 
 
 
    
 

2016年2月3日水曜日

妖術師の宝石(ロバート・ブロック)を読んでみた

 妖術師の宝石(ロバート・ブロック)
 
 ・ジャンル:怪奇
 ・長さ:掌編〜短編
 
 
 まとめ
 
 一行短評:カメラを通して異世界を表現しようとする写真家が、セクメトの星という宝石を使って、向こうの世界を撮影しようとする話。王道。だからこそ良い。
 オススメ度: 
   
 
 掲載誌:クトゥルー10
 
 
 出だし
 
 本当なら、わたしはこの話を語ってはならないのだ。デイヴィッドが語るべきなのだが、そのデイヴィッドは死んでしまった。いや、本当に死んだのか。
 そんな考え、デイヴィッド・ナイルズが──想像を絶する異常なありさまで──まだ生きているという恐ろしい可能性が、わたしの心にとりついている。だからこそ、話をしようと思うのだ。そうすることで、私の心をゆっくりと砕きつつある、途方もない重荷がとりのぞけるかもしれないのだから。
 
 
 ポイントの引用(ネタバレあり)
 
 ・「そうかもしれない。しかし歪める効果を持つさまざまなタイプのレンズと組み合わせることができるじゃないか。これまでのところは形や姿を歪めただけだった。しかし色や形を歪めれば、僕の目指している写真が表現できるはずだ──純粋な幻想写真がね。幻想に焦点を合わせてものをいじることなく再現するんだよ。この部屋の色が反転したり、いくつかの色がなくなった姿を想像できるか。家具の姿が変化したり、壁そのものが歪んでいる姿が」
 ・「素晴らしい」ナイルズが嬉しそうにいった。「一般的に認められた科学理論に一致するしな。なんのことだかわかるか。アインシュタインの共存の考えだよ。時空連続体についての考えだ」
 ・「友人の所へ行って、石をいくつか借りてくるよ。幻視家が占いのためにつかったエジプトの水晶があるんだ。宝石の角度によって他の世界が見えるそうなんだ」
 ・「わたしのもっているもののなかに、まさにうってつけのものがあると思うよ。セクメトの☆だ。とっても古いものだが、高価なものじゃない。(後略)」
 ・地獄を目にしたからだ。最初は無色の燐光のなかで、角度という角度がゆらいでいるだけだった。そしてそうした角度から、真っ黒な平原が果てしなく情報に広がっていった。平原は動き、角度も動いていたが、荒れる海にうかぶ舟の甲板のように何もかもが揺れる中、立方体、三角形、当惑するほどの大きさをした複雑な数学的形態が見えた。何千もあるそれらは、光の多面体だった。見守っているうちに変化した。
 ・
 
 
 神話要素(ネタバレあり)
  
 ・プリン『妖蛆の秘密』
    
 
 

2016年2月2日火曜日

ファルコン岬の漁師(ラヴクラフト&ダーレス)を読んでみた

 ファルコン岬の漁師(ラヴクラフト&ダーレス)
 
 ・ジャンル:怪奇
 ・長さ:掌編
 
 
 まとめ
 
 一行短評:ディープワンの女性を網で救って逃したら……というお話。深きものども譚。
 オススメ度:
   
 
 掲載誌:クトゥルー10
 
 
 出だし
 
 イーノック・カンガーが住んでいたマサチューセッツの沿岸では、カンガーについてさまざまなことが噂され──声をひそめて用心深くほのめかされる話もあるほどだが──そすひて奇異なうわさ話がインスマス港の船乗りの口から広まったのは、カンガーがその港町からほんの数マイルはなれたファルコン岬に住んでいたからだ。ファルコン岬と呼ばれるようになったのは、渡りの季節になると、ぽつんと海に突き出たこの岬から、ハヤブサ、コチョウゲンボウ、そしてときにはシロハヤブサさえもが見られることによる。イーノック・カンガーは姿を消すまでこの岬で暮らしていた。死んだのかどうかはわからない。
 
 
 ポイントの引用(ネタバレあり)
 
 ・カンガーにまつわるうわさ話によれば、カンガーはカモメやアジサシ、風やうねる波、そして人間の目にとまることはないが、本土の泥沼や湿地にいるらしい未知の巨大両生類のくぐもった鳴き声に似た、異様な声を出すものとも、話をかわしていたという。
 ・カンガーは驚くべきものをその夜見たのだといった。ボートでインスマスの沖合一マイルのところにある悪魔の暗礁に行き、網を投げ入れて大量の魚とあるものをひきあげたのだが、あるものとは女でありながらも女にあらざるもので、人間のように話はしたものの、春に沼地で聞こえるような、フルートの音色をともなう喉にひっかかった蛙さながらの声でしゃべり、口は大きく裂けているにせよ、やさしい目つきをしていて、流れ落ちる長い髪の下には鰓のような裂け目があり、カンガーに助けてくれと懇願し、いつの日かカンガーが危険にさらされるようなことがあれば助けると約束したのだという。
 ・「人魚だ」一人の男がそういって笑った。「人魚なんかじゃねえ」イーノック・カンガーがいった。「足と手があったからな。けど、足にも手にも水かきがついていた。顔の皮膚はおれとおんなじみたいだったが、体は海の色をしてた」
 ・泳ぎさっていくときにはダゴンの讃歌をうたっていたらしいが、彼らの中にイーノック・カンガーの姿があって、他の者達と同様に全裸で歌っていたという。
 
 
 神話要素(ネタバレあり)
  
 ・【名前だけ】インスマス、キングスポート、アーカム、ダニッチ
 ・悪魔の暗礁
 ・深きもの